💡 教育の思考ラボ Vol. 2: IBの核に触れる — 10の「学習者像」から紐解く教育哲学
前回の Vol. 1 では、国際バカロレア(IB)がどのような歴史的背景で誕生し、いかにして世界標準のカリキュラムへと成長したのかを深掘りしました。
Vol. 2 となる今回は、IBの「中身」に一歩踏み込みます。IB教育の土台にあるのは、単なる知識の詰め込みではなく、「どのような人間を育てるか」という強い哲学です。その象徴とも言える「IBの学習者像(IB Learner Profile)」を軸に、その教育の本質を探っていきましょう。
🎓 IBの目的:教育は「平和な世界」のために
IBの使命(ミッション・ステートメント)には、非常に印象的な言葉があります。
「国際バカロレアは、探究心、知識、思いやりに富んだ若者の育成を目的としています。彼らが、多文化理解と敬意を通じて、より良く、より平和な世界を築くことに貢献できるように…(後略)」
教育のゴールが「良い大学に入ること」や「高いスキルを得ること」だけではなく、その先にある「平和な世界の構築」に置かれている。この視点の高さこそが、IBを特別なものにしています。
🧭 IBの教育哲学を体現する「10の学習者像」
IBでは、生涯にわたって学び続ける人が備えるべき10の資質を「学習者像(Learner Profile)」として定めています。これは、幼児(PYP)から高校生(DP)まで、全てのIB生が共通して目指す「北極星」のような理想像です。
私自身、IBで一番魅力的だと思った点がこの「10の学習者像」でした。学校説明の冒頭で必ず触れられたり、クラスの壁に掲示されていたりと、子どもたちも日常的に目にしています。友達や自分の良さを表現したり、「どんな自分なりたいか」を考えたりするときに、この共通した10の言葉があるというのは、とても素敵なことだと感じています。
また、これらの言葉を一つひとつ眺めていると、それは子どもたちのためだけではなく、大人になった今の自分にとっても、混迷する社会を生き抜くための「普遍的な指針」であると強く感じさせられます。
これは単に遠くから眺める目標ではありません。日々の生活においては、自分や他者の特性を深く理解するための「共有言語」としても機能しています。
- 「自分は今、どの資質を発揮しているか?」
- 「クラスメイトのあの行動は、どの学習者像にあてはまるか?」
このように、自分たちの行動を10の言葉で定義し、振り返り、認め合うことで、単なるテストの点数を超えた多面的な人間性を育んでいくのです。
- 探究する人 (Inquirers):知的好奇心を育み、自ら学ぶスキルを身につけます。
- 知識のある人 (Knowledgeable):概念を深く理解し、幅広い知識を追求します。
- 考える人 (Thinkers):批判的かつ創造的な思考を使って、複雑な問題に取り組ます。
- コミュニケーションができる人 (Communicators):複数の言語や方法で、自信を持って表現します。
- 信念を持つ人 (Principled):誠実で、公正な心を持ち、責任を持って行動します。
- 心を開く人 (Open-minded):自分たちの文化を尊重しつつ、他者の多様な視点にも心を開きます。
- 思いやりのある人 (Caring):他者のニーズに共感し、世界に貢献しようと行動します。
- 挑戦する人 (Risk-takers):不確実な状況にも勇敢に立ち向かい、新しい戦略を試みます。
- バランスのとれた人 (Balanced):知性、身体、精神の調和の重要性を理解します。
- 振り返りができる人 (Reflective):自分の経験を深く考察し、自らの強みや限界を理解します。
🔍 「探究」と「振り返り」が生む、自律した学び
この10項目を眺めてみると、あることに気づきます。それは、「何を学ぶか」よりも「いかに学ぶ姿勢を持つか」が強調されている点です。
特に私が注目したいのは、「探究する人」と「振り返りができる人」のセットです。好奇心を持って飛び込み(探究)、その結果どうだったかを客観的に見つめ直す(振り返り)。このサイクルを繰り返すことで、子どもたちは「自律した学習者」へと進化していきます。
IBのカリキュラムは、単なる知識の習得を目指すものではありません。それは、テストの点数といった外的要因に頼らずとも、自分の中から「知りたい」という意欲を沸き起こすマインドセットを育み、自ら学びを深めるためのノウハウを体得するプロセスです。この「自発的に学ぶ力」こそ、学校を卒業したあとの長い人生を支える、一生モノのスキルセットと言えるのではないでしょうか。
🌏 駐在生活で感じた「心を開く人」の重要性
インドのインターナショナルスクールで子どもたちが学ぶ様子を見ていて、最も必要だと感じたのが「心を開く人(Open-minded)」という資質でした。
多様な宗教、言語、価値観が激しく混ざり合うインドという環境では、「自分の正義」だけを振りかざすとすぐに衝突が生まります。相手のバックグラウンドを尊重しつつ、対話を通じて新しい共通解を見つけ出す。IBが目指す「多文化理解」の実践の場としては、まさにこれ以上ない環境と言えるでしょう。
カオスとも言える多様性の中で揉まれながら、この学習者像を意識して過ごす。その経験は、教科書上の知識を超えた、極めて実践的な知恵となります。インドでIB教育を受ける価値は、まさにこの「違いを力に変える術」を、リアルな人間関係の中で体得できる点にあるのかもしれません。
📝 Vol. 2 のまとめと次回の展望
IBの教育哲学は、10の学習者像という具体的な資質に落とし込まれることで、日々の授業や振り返りの基準となっています。子どもたちがテストの点数だけでなく、自らの強みや課題をこれらの言葉で言語化し、自発的に学びを深めていく仕組み。これこそが、激動の時代を生き抜くための「自律した学習者」を育てるIBの真髄だと感じました。
さて、次回 Vol. 3 では、このIB教育が今、私たちの足元である「日本」でどのように展開されているのかを深掘りします。 文部科学省が推進する「日本国内でのIB普及の動向と公的な支援体制」、さらに大きく変わりつつある大学入試との関連について。日本の教育現場に起きている地殻変動に迫ります!
編集後記
今回取り上げたIBにおける「10の学習者像」は、大人になってからのキャリアや人間関係においても、進むべき方向を照らしてくれる、まさに「北極星」のような言葉だと思いました。子どもの教育を通じて、このような本質的な気づきを得ることができたのは、私にとっても非常に幸運なことでした。皆さんは、どの資質が一番ピンときましたか?

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